匂いと記憶

夕ぐれ時の帰り道が好き。
今日一日を穏やかに過ごせた、
安堵の気持ち。
知らない家のカレーの匂い。
誰かを待っている、温かい匂いだ。

息子が小さいときによく読んだ
『くんくん、いいにおい』。
焼きたてのパンにほかほかごはん、
おもちゃもくんくん。
ときどき、おしりから出る
あの匂いもね。
鼻をくんくんしている男の子。
あの頃の息子にそっくり。
ぶらんこしたあとの手のにおい、
公園で一緒にかいでみたっけ。

匂いは思い出と結びついている。
春が近づくと、
父が必ず剥いていた文旦の匂い。
さわやかなあの匂いがすると、
父の姿を思い出す。
匂いだけで、その時の景色、
その時の音、その時感じた気持ちが甦る。
大切な〝におもいで〟だ。

あかちゃんは、
おかあさんの匂いで安心して眠る。
自分の匂いをかぐと、
緊張がほぐれたりもするそうだ。
かたちも色もないけれど、
匂いってすごい。

子どもたち、たくさんくんくんしよう。
そして、たくさんの
〝におもいで〟をつくってね。

文　藤巻 吏絵（ふじまき りえ）
『唐棣（はねず）色の明日』で第十一回銀の雫文芸賞最優秀賞受賞。
同作品はNHKFMにてラジオドラマ化。

著書に、『美乃里の夏』、こどものとも『アルマジロくんとカメくん』ともに福音館書店、『ふみきりのかんたくん』教育画劇。
他に、紙芝居のお話や合唱曲の歌詞なども手掛ける。

おしまい。

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